2020-06-03

【死と向き合う人】

 【死と向き合う人】

先週末に、10年ほど前までお世話になっていた

ある経営者の方からご連絡を頂いた。


そして昨日、緩和ケアセンターを訪ねた。


自身の死と向き合い、覚悟した人と接するのは久しぶりだった。

目がとても綺麗で、言葉に熱い想いが乗っていた。

いろいろと感じることの多いインパクトのある時間だった。



ここでの刺激をもとに、自分の中で様々なものが立ち上がってきた。


自身の生き方、人生の捉え方の整理ができてないと

死に直面した時に、これから先のことを心配してしまうかもしれない。

それは未練となり、力及ばぬこと・自分のコントロールの効かないことを

自分の思い通りにしたくなる葛藤を生ずる。

まさに人生の苦しみの構図である。


最後の残された時間にやるべきことは、それまでの人生を振り返ること。

一つ一つの出来事に、心の中で、

きちんと感謝を伝えること、謝罪をすること

そうした向き合いの中から、

一つひとつの出来事に愛おしさや 慈しみといったものが湧いてくる状態を味わうこと。

自分の人生に、新たな意味が生まれるかもしれない。


「走馬灯」は、私たちが 自身の人生の全てをふりかえることのできる最後の機会なのかもしれない。

その時、自分はどういう思いで、自身の人生の場面を見つめることができるのだろうか。


夏休みの最後の日に、慌てて宿題をするようなイメージが湧いてきた。


できれば、人生の最期にではなく、

節目節目のタイミングで振り返りができたら

豊かな人生につながるのかもしれない。


緊急事態宣言が解除され 、

今月から、世の中が元に戻ろうと動き出している感覚がある。

その2日目の昨日は、

様々な方々からご連絡を頂戴して、「動」を感じることが多かった。


そんな中での今回の訪問、死と向き合う内面の「静」の時間。

動と静、このバランスが難しいなぁ、と感じた1日だった。


『有漏路(うろじ)より 無漏路(むろじ)へ帰る 一休み

 雨ふらばふれ 風ふかば吹け』 一休禅師

2020-05-30

【天災は忘れたころにやってくる】

 【天災は忘れたころにやってくる】

今回のコロナ禍も、東日本などの震災も

「未曾有」の出来事ではなく、

人類の予想をはるかに超える未経験のものでもない。


歴史上、何度も繰り返されてきている。

そして、先人はその教訓を後世に残そうと工夫してくれた。

津波避難の基準として「神社まで逃げなさい」といった伝承もそうだろう。


少なくとも、100年前のスペイン風邪の記録は詳細に残っている。

 「流行性感冒 「スペイン風邪」大流行の記録 」 内務省衛生局編/東洋文庫

手洗い・うがい、マスクをして、距離を取る。

営業制限等に加え、マスクの高値転売まで、

現在と同じことが起きていたという。


しかし、それでも、それらの教訓は活かせていないことが多いように見える。


100年に一度起こることに対する備えは、

効率の悪い無駄なコストであり、

生産性や効率等の成果を求める指向性とは合致しない。


科学的根拠のない言い伝えや伝承を信じて、

無駄骨を折るのはナンセンスに見える。


誰だって無駄なことはやりたくない。


そして、大きな災害が起きた時には、大きな被害が生まれる。


目先の効率を求めて、より大きな効率性を失っているのかもしれない。


旧約聖書のノアの箱舟を思い出す。

大雨の気配すらないのに、

よりによって山の頂に

大きな船をつくるノアとその家族を、

周囲の人々はどのように見ていただろうか。


まったく合理的ではないその行為は

控えめに言っても

好奇の目で見ていたことは想像に難くない。


むしろ嘲笑の対象だったかもしれない。


歴史を通して、人類は同じことを繰り返してきている。

その良し悪しは分からない。


大きな被害は悪かった面だろうが、

無駄なことはしない効率性を求めることで

少なくとも災害と災害の間の期間は幸せに暮らすことができたとも思う。


私たちは

・これまで[過去]にどんなことをしていたら(Do)良かったのか

・これから[未来]どうしたら(Do)良いのか

を考えることはあるが、

・今回の出来事を通して、自身の中で何が起きたのか

・(教訓として)何を得たのか・学んだのか

・自身の人生で大切にしたいこととして、何を加えるのか

といったことに対してはあまり意識を向けない


もし、数多の賢人が語るように

「起こること(体験すること・遭遇すること)には意味がある」とするならば、

自身にとってのその意味や価値を探究しなければ、

繰り返し似たような経験をすることになるのではないだろうか。


個人であっても、組織であっても、社会であっても・・・


あっ!ここまで思考を巡らせてきて、気付いた。

人類は同じことを繰り返し経験してきている!!

ということは・・・


わたしたちは、

今回の一連のコロナ禍を通して、

どんなことを体験したのだろうか

そこには、どんな意味があったのだろうか?

私は、どんなことを得て、何を大切にして生きたいと思っているのだろうか。


6月に入れば、「元に戻ろうとする活動」が

少しずつ社会全体に広がるだろう。

と、ぼんやりとした思いから、

思いがけず広がった5月末の思考のあそび。。。

2020-05-24

在宅ではなく働いている人たちがいるお陰

 在宅ワークが成り立つのも、在宅ではなく働いている人たちがいるお陰


ここ1週間ほど、野菜の直売を手伝って、

午前6時台に、早朝の開店前のスーパーを何店舗か回っている


ケガでの入院のピンチヒッターなのだが、

これはとても良い気付きを得る機会になっている


朝早くから働いている人がたくさんいる

お惣菜作り、品出し、清掃・・・

生産者の人たちが直売の野菜を持ってきて、値付けしながら陳列

パンなど商品の配送トラックが入ってくる


ホントにオンライン化・リモート化できるのだろうか


医療関係、介護だけではない

スーパーなどの店舗や施設の清掃、交通機関の点検整備、

道路や電気ガス・水道をはじめとするインフラの整備・補修など

社会を下支えしているのは、現場で働いている人たち

社会は、完全リモートワークでは回らない


未来シナリオを検討する場では、

オンライン化IT化の流れがクローズアップされやすい


そういう面もあるだろうが、そればかりではない


良くも悪くも

「当たり前」のものは失って初めてその価値に気づくものだが

できれば、その前に意識を向けて、

足元を支えてくれる存在を大切にできるような自分でありたい


そんなことを思った日曜日の朝。。。

2020-05-22

意識が変わって組織が変わる、のだろうか?


よく、組織が変わるためには、(経営者や帰属する人の)意識が変わらないといけないと言われるが、
意識が変わって、行動が変わって、組織が変わったことって、どのくらいあるだろうか?

むしろ、変わらざるを得ない状況に追い込まれて、
やむなく対応していくことの方が多いのかもしれない。

困ったこと(=それまでの価値判断において)が起きて、
何とかしなければならなくなって、
*折り合いをつけるところを模索して
それに合わせて行動を変えていく

その結果、関係や物事の意味合いが変化して
組織(の中のパワーバランス)が変わっていく

現実には、こんな対応の流れが多いような気がする

*折り合いをつける=しかたがないと受け入れるための落としどころ

ーーーー
これを今回の一連のコロナ対応で考えると・・・

感染拡大防止のために接触を減らさざるを得ない

時差出勤、外出自粛、リモートワークに切り替えざるを得ない
オンラインでの打ち合わせ、会議などにせざるを得ない


状況を把握してない上司があぶり出されてくる
具体的な指示をすることができない上司が明らかになってくる

人間関係がぎくしゃくしていたチームは
オンラインになると、更に連携が悪くなる

チームがまとまっていたところは
オンラインになっても協力関係が保てる

結果が出ればいいだろう、という営業スタイルでは難しくなった
コツコツと手順を踏んで、裏方業務も含めて手堅く仕事をする人が重宝される
人物評価が変わる

リモートワークで動き出すと、オフィスを解約する会社も出はじめた
地価・賃料の高い都心の一等地にオフィスを構えることへの疑問が生まれた

そして、更にこの先は
リモートワークとリアルの折衷スタイルがスタンダードになるかもしれない
時間で働く制度から、業務タスクの達成への報酬に変化していくかもしれない
ーーーー

意識が変わって組織が変わったというより、
外的な要因に対応するために、変わらざるを得なかった、という印象が強い

変わるためには、通常業務に加えて、変革のための取り組み業務が発生する
変わらなくても回るのならば、リスクを冒して変わることへの取り組みはしない

効率化が求められ、限られた人員・限られた時間の中で業務に携わっている現場では、
変化のために労力を割く余裕はない

効率化とは、現状最適の状態をつくること
効率化が、変化を妨げ、硬直化を生み出していないだろうか







2020-05-19

古いノートパソコンをChromeBook化!

CloudReady(クラウドレディ)

古いVistaのノートパソコンを、何とか活用できないだろうかと、以前からLINUXへの切り替えを考えていた。

しかし、そんな趣味的な取り組みには、なかなか時間を割けずに放置状態になっていた。

2020年3月
コロナによる外出自粛での自宅時間を使って、少し調べてみると、どうやらChromeBook化が使い勝手もよさそうだ。
で、Neverware社のCloudready(クラウドレディ)を導入することにした。

手元に適当なUSBメモリが無かったので、空いていたSDカードにダウンロードしたアプリを入れるところまでは何とかできたが、SDカードからのPCブートはできなかった。

BIOSをいじっても、メモリカードリーダーに差し込んでUSBでつないでも、うまくいかない。

時間の無駄だと、断念。
そのうちUSBメモリを買ってきてやろうと思っていたが、USBメモリ1本だけをネットで買うのもためわれて、そのままになってしまった。

1か月以上間が空いたが、GW明けに店頭でUSBメモリを購入。
インストールアプリをダウンロードして、USBメモリにセッティング。

古いノートパソコンなので、WifiのOn/Off切り替えスイッチがあることを忘れていて、何度やってもWifiに接続できなかったり、言語とキーボードの配列を日本語に切り替えられなくて、@を入力するのに苦戦したりと、紆余曲折はあったが、何とかUSBメモリからの起動は上手くいった。

GoogleChromeでネットの閲覧は問題なく行えるし、Youtubeも大丈夫!
しかし、USBメモリから内臓HDDにインストールしようとすると、最後にエラーが出てインストールできない。
何度繰り返しても同じ症状なので、Webで対策を検索したが、参考になるような情報はなく、やむなく断念。

やや動作が重い感じだが、USB起動で使えるのだからそれで良しとしよう、と割り切った。


それから10日。少し時間ができたので、再度挑戦してみることにした。

USBからの起動は問題なくできた。言語やキーボードを設定して、内蔵HDDへのインストールを開始。しばらく放置していたら、電源が落ちていた。
これまでのエラーの時には、電源が落ちることはなくエラーメッセージが表示されていたので、もしかしたら、今回は期待できるかもしれない!

USBを抜いて、再度電源を入れると、何と問題なく立ち上がった!
いったい何が問題だったのだろう、と思うくらい円滑に進んだ。

再起動してみる。
問題なく立ち上がった!

ChromeでのWeb閲覧もYoutubeも、
USB起動で使うよりもはるかに快適に使える(^^)



Windows10の時代に、
10年前のVistaのノートパソコンが現役で使えることにちょっと感動!
ChromeBook 1号誕生!

もうちょっと早くやっておけば、
学校休校でオンライン学習が必要だった姪っ子たちの助けになったかも。。。
そう思うと、ひと足遅かったかなぁ ><

どの程度まで使えるもなのか、
しばらくは使いながら模索かな。。。。

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備忘のためのメモとして・・・
●インストール前に
・BIOSでUSB起動ができる設定に変更

●インストールの途中で
・Wifi設定
・言語とキーボード設定

●終了後に
・PluginでAdobe FlashとMediaComponentsを追加
・Googleドライブがオフラインで使えるように拡張機能を設定
・メモリ不足対策でスワップ領域の設定
 (データを一時的にハードディスクへ保存)
※「Ctrl」+「Alt」+「T」 でShell「Crosh」を起動、「swap enable 2000」エンター

2020-03-21

コロナは私たちに何を語りかけているのだろうか

 コロナは私たちに何を語りかけているのだろうか


今までの「常識」が逆になってきている。

・人が集まるところにチャンスがある → 感染リスク

・多少の体調不良くらいで休むな → 無理するな、休め

・在宅勤務・時差通勤の導入は難しい → 積極推進

・公私を分けろ、仕事にプライベートを持ち込むな → 子連れ出勤、在宅勤務

・発熱抑制などの対症療法 → サイトカインストーム

・大きくお金を動かすビジネスほど儲かる(規模の経済) → 経済リスク大

・世界的分業によるグルーバル経済 → 各国の実質的な鎖国化(自国経済化?) 

などなど・・・・・


社会的なパラダイムの転換が起きるのか、揺り戻しで元に戻るのか。。。

2019-11-01

アサーション

10月下旬の平木典子さんのアサーションの講演会に参加できなかったので、
ここ数日、何冊かの書籍を購入した。

空いた時間にパラパラと。
とても読みやすくて、分かりやすくて、内容が深い。

15年ほど前、 キャリア研修のプログラム作りをしていた頃に 「アサーション」を知り、
セッションに取り入れることを検討したことを思い出す。



書籍のプロフィール欄から1936年のお生まれと知り、
80歳を過ぎたご年齢で 福岡に講演に来ていただいたんだと思うと、
ありがたさと同時に改めて貴重な機会を逃したと感じる。

非主張的/攻撃的/アサーティブの3つの自己主張のみならず、
その背景となる考え方や捉え方に深さと普遍性を感じる。

臨床心理、 カウンセラー、 家族療法、 ロジャーズ(ポジティブ心理学)
といった背景からなのか、 違和感なく、とてもスッと入ってくる。


改めて向き合ってみたいテーマの1つになった。


【10月スタート】2つのダイアローグの取り組み

 10月からダイアローグ(対話)の2つの取り組みをスタートします 仕事以外にこんな活動もやってるよ、というご案内と、10-12月はちょっと忙しくなるかも、という言い訳を兼ねて。以下、長文です。 ライフワークのように取り組んでいるダイアローグ(対話)に関して、来月から2つの取り組み...