IDGs(Inner Development Goals)を学ぶオンラインの場で
成人発達理論について、ハッとするコメントがあった。
(成人発達理論の)知識のフレームがあると、
内面はその段階に至ってなくても、
外面はそのように振る舞ってしまうことがある。
それが、かえって発達を遅らせてしまう
内面はその段階に至ってなくても、
外面はそのように振る舞ってしまうことがある。
それが、かえって発達を遅らせてしまう
成人発達理論では、成人後は生涯をかけても、1-2段階の発達に留まることが多い。
理論を先に知ることで、あたかも自分が
先の段階に「発達」したかのような振る舞い
を選択する人が出てくることもある。
本人の中で、「私はこの段階にいるんだ」という思い込みが生じることで
本来、自身が向き合って取り組むべきテーマに向き合わなくなる
結果として、本人の発達につながらない
本来、自身が向き合って取り組むべきテーマに向き合わなくなる
結果として、本人の発達につながらない
発達段階を登っていくプロセスとして
その段階を十分に満喫して、良し悪しも味わった上で
その段階の限界に突き当たり、
もがき苦しむ中から次の段階への道筋が見えてくる
そして「含んで超える」といわれるように
上位段階に至っても、下位段階の要素がなくなるわけではない
(上位・下位という表現はしたくないが・・・)
上位段階に至っても、下位段階の要素がなくなるわけではない
(上位・下位という表現はしたくないが・・・)
そういえば、
ケン・ウィルバーの著作だったと思うが
実際にその段階に達している人の割合と、
本人の自覚する段階の割合の違い
のような記述があったように思う
あとで確認しておこう!
ケン・ウィルバーの著作だったと思うが
実際にその段階に達している人の割合と、
本人の自覚する段階の割合の違い
のような記述があったように思う
あとで確認しておこう!
いずれにしても、
これは、見落としがちな視点だなぁ
十分に留意していきたい!
十分に留意していきたい!
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