コロナ渦で、職場でも普段の何気ない会話がやりにくくなった、
と感じる人が多いそうです。
一見すると、無駄話がなくなって、
仕事が効率的に進むように感じるかもしれないけれど、
現実はそうではなさそうですね。
小さな行き違いが起こりやすくなったり、
立ち話で済むようなことでも文字で伝えることが必要になったりと、
ストレスと非効率が生じている場面も少なくないとのこと。
先日、ある友人が、オンラインでの会話の中で、こんな話をしてくれました。
---
以前の会社では、ミーティングがとても多かった。
そこの社風で、最初の10ー15分は雑談的に
互いの近況を語り合うのが習慣になっていた。
アイスブレイク効果はあっても非効率で無駄だ、
と思われるかもしれないが、
これをしっかりやると、あとの仕事が早く進む。
直接的な情報だけでなく、周辺情報の共有ができるため、
そのミーティングの場・テーマに限らず、
「別件だけど・・・」と後で相談したり、依頼したり、
協力関係が生まれやすくなった。
最近は、オンラインになって、打ち合わせも用件のみで進みがち。
かえって非効率になっている印象がある。
---
なるほどなぁ、確かにそういう面があるなぁ、
と思いながら聴かせてもらいました。
無駄を排除して目的に絞った取り組みは、効率的に見えます。
状況に高度に適応していくため、
変化の少ない環境下では確かに効率的ですが、
変化の大きな状況への対応には驚くほどの脆弱な面もあります。
人間関係や組織など、協力して物事を行っていく時や、
柔軟な対応が求められる流動的な環境では、
一見すると無駄に見えることが、
後から活きてくることが少なくないように思います。
頭で考える人は、無駄を排除した効率を求め、
経験で知っている人は、繋がりから生まれる効率を求める
前者は管理系の責任者に多く、
後者は経営者や営業責任者に多いような
そんな傾向を感じることもよくあります。
急がば回れではないが、近視眼的な効率を求めると、
かえって非効率になることもあります。
雑談にも寛容になれる気持ちも重要だと、
改めて心がけておきたいと思っています。
同時に、オンライン/リモートの時代に、
いかに雑談的なつながりを生み出せるか、
というテーマも浮かび上がってきたなぁ、と。
ロナルド・A・ハイフェッツの
「技術的な問題」と「適応を要する課題」にも
つながりそうな感覚が浮かんできたので、
また、気が向いた時に向き合ってみよう!
0 件のコメント:
コメントを投稿